高麗人参日本昔話ー江戸幕府

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http://www.dp-mall.com/6.htmlにも書いてあるように奈良時代に日本に伝わり、江戸時代に一大ブームを巻き起こした高麗人参。
お金持ちだけではなく、一般庶民にも高麗人参を手に入れるチャンスが訪れます。
しかし、貴重で高価であるがゆえの問題もアレコレ噴出。
今回は、そんな高麗人参にまつわる歴史について、皆さんにご紹介させていただきます。

江戸幕府による専門店がオープン!

1674年、江戸幕府は、高麗人参を販売するために、専用にお店(座)を開設します。
場所は江戸横山町に決められ、人参座(人参協同組合)と呼ばれました。
当時流通していた高麗人参は以下の3種類です。

○朝鮮人参
朝鮮半島から輸入した高麗人参を扱うお店で販売されました。
当時は対馬藩が一手に輸入販売を受け持っていました。
対馬藩は、様々な場所で高麗人参販売を行っていましたが、1674年に幕府の許しを得て、江戸に店を開きます。
朝鮮人参座は大盛況で、徹夜組の行列が出来るほどの人気だったと記録が残っています。

○唐人参
長崎を経由して輸入された、中国産の高麗人参を扱うお店で販売されました。
しかしながら、必ずしも中国産にこだわっていた訳ではなく、朝鮮半島産も混じっていたようです。
唐人座として、享保20年(1735年)に、長崎屋源右衛門という人物を指定し、江戸に店を開きました。
唐人座は、江戸だけではなく、京や大坂にも置かれました。

○和人参
和人参は、日本国内で自生していた高麗人参です。
北海道、本州、九州、四国に分布している人参なのですが、高麗人参とは効能が異なり、解熱・去痰、健胃薬として利用されました。
徳川吉宗により、栽培方法が確立された後には、和人参だけではなく、高麗人参も店頭に並ぶようになります。

高麗人参で病気が治ったが・・・

一般市民にも高麗人参の高い効能が知れ渡る事となり、貴重な人参を誰も彼もが買い求めるようになりました。
江戸の街に、空前の高麗人参ブーム到来です。

江戸の高麗人参ブームは病的に加熱し、病気を治すためだけではなく、健康な者が流行のステータスとして買い求めるようになると極端に品薄になりました。
また、高い効能の噂を聞きつけて来たものの、その値段はまだまだ高価だったため、多くの犯罪を生み出す結果となり、良いことばかりでは無い状況になってしまったのです。

○高麗人参を購入するために、自分の娘を人身売買する親
○高麗人参欲しさに、購入した可能性のある家に忍び込む盗人
○病気の親のために高価な高麗人参を買って元気になってもらったが、借金で首が回らなくなり死んでしまう人
○高麗人参だと言われて購入したのに、実際は全く別の根菜だった

上記のような悲しい出来事が多発し、高麗人参によって事件の数が急激に増えたと、江戸時代当時の書物に記載が残っています。
また、その状況は、当時読まれた川柳として今に伝えられています。

「人参飲んで首縊る」
「孝行は薬の鍋へ身を投げる」

なんとも切ない川柳です。

江戸時代、それまでお金持ちの薬草として流通していた高麗人参が、一般市民にも供給されるようになった様子を垣間見ることが出来るエピソードです。
何事も、身分相応が一番良いと戒めてくれるエピソードでもありますね。
【参考文献】高麗人参の長い歴史 http://www.festicinecartagena.org/int_peli.php