中国4000年の歴史とともに

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誰もが知っているであろう高麗人参は、有名な中国・韓国の漢方薬で、疲労回復や滋養強壮に効果がある事が認められています。
それだけではなく、およそ「健康」という単語に関係する症状の現状維持や改善に良い影響を与えてくれる高麗人参。
女性の永遠のテーマと言っても過言ではない「美容」にも効果があります。

高麗人参は、どこで生まれ、どのように日本に伝わってきたのでしょうか。
その歴史はどのようなものなのでしょうか。
今回は、そんな高麗人参の歴史についてご紹介させて頂きます。

中国4000年の歴史とともにあった!?

高麗人参が、歴史上の書物で初めて確認されたのは中国の医学書。
なんと2000年前の中国の医学書に記載が認められています。
という事は、それ以上の昔から効能が知れ渡っていた事になります。

中国の歴史によると、歴代の皇帝もその効果を高く評価し、家臣に山中を探し回るよう命令を出していたほど。
当時から非常に希少で価値が高く、皇族や王侯貴族のみが口にできる薬草でした。
当時の中国では、根の部分をそのまま食べたり、煎じて服用していたと記録が残っています。

原種の高麗人参は、人工的に栽培されたものに比べて掘り出した薬草の根が比較的大きく、2つに股割れするような形(まるで人形の足のよう)をしており、それが人の下半身に見えた事から「人参」と呼ばれています。

その産地は

中国では、長白山(白頭山)に自生しており、皇族や王侯貴族が探し回らせたといわれる山も長白山です。
韓国では忠清南道錦山郡と仁川広域市江華郡に自生しています。
北朝鮮では開城市に自生しているといわれています。

天然の高麗人参は、栽培した者よりも効能が高い事で知られ、現地でも高値で取引されています。
しかしながら、天然の高麗人参は、そもそも見つけるのが大変困難で、見つけたとしても次に自生するのは10年以上先といわれるほど期間が必要とします。
一カ所で定期的に手に入れることは出来ません。

栽培へのチャレンジ

高麗人参は、アジアの極東地方にのみ自生する薬草です。
育つ気候条件も大変厳しく、涼しく乾いた気候でなければなりません。
降水量にして、年間で1200mm程度の雨量がベストです。

高麗人参は大変厳しい条件下でのみ自生する薬草ですので、当然ながら栽培するのも難しくなります。
さらに、高麗人参の栽培期間は4年~6年が必要で、すぐに育つものではありません。
おまけに、高麗人参の栄養吸収能力は凄まじく、「一度育てると10年後までは草一本生えてこない」といわれるほどです。
実際に、高麗人参を育てた畑は栄養が極端に少なくなってしまうため、他の作物を植えても大きくならないのです。
そんな難しい栽培を成功させたのは、18世紀頃に朝鮮半島を支配していた李氏朝鮮国家です。
栽培に成功したとはいえ、常に供給できるほどの栽培サイクルは確立できず、やはり「高価な薬草」というポジションからは外れることはありませんでした。

日本にも輸入されていた高麗人参

日本に初めて高麗人参がもたらされたのは奈良時代。
その当時、朝鮮半島を支配していた王様が、聖武天皇に対して高麗人参を送ったと記録が残っています。
それ以降、日本でもその効能は高く評価されるのですが、輸入に頼らざるを得ないため、やはり貴重な薬草として知れ渡ります。
江戸時代に、江戸幕府で有名な徳川一族が栽培に乗り出し、八代目の徳川吉宗の時代にやっと栽培に成功します。

中国、朝鮮半島で古来から栽培されてきた貴重な薬草。
現在でも、高麗人参は漢方薬として絶大な人気を誇っています。
美容と健康を気にしている女性から、滋養強壮や栄養補給を求めている男性まで、幅広いニーズに応えてくれる健康食品として愛されています。
最大6年育てて、10年たたなければ再び植えつけることは出来ない・・・・http://whattheinternetknowsaboutyou.com/price.htmlにも書いてあるように高価な値段にも納得!?できそうです。
【参考文献】 高麗人参の長い歴史 http://15ne.jp/5.html